< 新型コロナウイルスの感染拡大>   トヨタ、国内5工場の稼働一時停止へ

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、トヨタ自動車は生産調整のために国内の工場の稼働を一時停止すると発表しました。

 トヨタによりますと、来月3日から稼働を一時的に停止するのは、愛知県豊田市にある高岡工場と堤工場、田原市の田原工場、福岡県宮若市にあるトヨタ自動車九州の宮田工場、また、グループ傘下の日野自動車の羽村工場、あわせて5つの工場の7つの生産ラインです。
トヨタが新型コロナウイルスの影響で、生産調整のために国内の工場の稼働を止めるのは初めてです。
 コロナウイルスの感染が世界で拡大するなか、自動車の需要は減少していて、自動車各社は北米やヨーロッパでも工場の操業を一時停止するなど影響が広がっています。

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参考


トヨタ、国内5工場の稼働一時停止へ

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「コロナより怖いのは人間」と言わせた客たちX、 トイレットペーパーを奪い合い、店員に暴言を吐き散らす人々の心理 コロナ騒動で見えた「カスハラ」の実態


「コロナより怖いのは人間」と言わせた客たち
2020年3月、新型コロナウィルスの感染拡大とともに事実とデマが錯綜し、ドラッグストアなどの陳列棚からは、マスクやトイレットペーパーといった一部の日用品があっという間に姿を消した。

ドラッグストアの店員たちは、商品を手に入れられず殺気立った消費者に、ひたすら頭を下げ続ける。それでも客たちは、“本当は、在庫を隠しているのだろう”、“店員が着けるマスクがあるなら客に売れ”と食い下がる。収束の気配すら見えない新型コロナも不安だが、こうした理不尽なクレームに対応しなければならない従業員の心の状態も心配だ。

実際、“謝ってばかりで疲れた”、“コロナよりも怖いのは人間だった”と、Twitterで吐露した女性定員の悲痛な叫びが注目を集めた。これはまさに高度な感情コントロールが求められる「感情労働」*1の、根深い問題を露見したものといえる。

本稿では、こうしたオイルショックならぬ「コロナショック」を通して、現代の「カスタマー・ハラスメント(カスハラ)」事情を中心に、消費者の逸脱的な行動を心理学の視点から概説したい。



「買い占めの心理」
最初に用語を整理しておくが、「カスハラ」とは、和製英語「カスタマー・ハラスメント」の略称で、簡単にいうと“消費者からの過剰なクレームや嫌がらせ”を指す。よって、悪質クレームとほぼ同義といっても支障はないだろう。

筆者は、こうしたクレーム研究を専門とする一方で、モノの異常なまでのため込み(専門用語では「ホーディング」(hoarding))やモノへの依存といった逸脱的消費者行動も研究している。今回のコロナショックにみるカスハラ騒動の分析には、モノへの執着や依存に関する知見も役立ちそうだ。

まずは買い占めが起きた心理的な原因、すなわち「買い占めの心理」を紐解いてみよう。このところ、毎朝のようにテレビでは、商品を手に入れるために長い列を作る客たちの姿が映し出される。こうした事態を、“本当に令和2年の映像か”、“昭和95年か何かの間違いではないのか”と揶揄する言葉も飛び交っている。なぜ、消費者たちは一斉にトイレットペーパーを買いに走ったのか。

以前、筆者は20~60代の男女453名に、歯ブラシや石鹸などの日用品のストック数について調査を行ったことがある。その際、トイレットペーパーにおいては、日常的にため込み志向の強い人はそうでない人に比べ、平均して約3個多くストックしていることが見いだされた(ため込み群:11.6個、非ため込み群:8.7個)。



こうしたため込み志向の強さは、なくなることへの不安が根底にあることが認められている(池内,2014)。今回の買い占め行為の一端は、日常的にため込み志向の強い人が、空っぽの陳列棚の様子がテレビで映し出されることでますます不安になり、店頭に駆け込んだことで生じたといえよう。

彼らにとっては、仮に自宅に10個トイレットペーパーが残っていても、“あと10個しかない”のである。特に不安や強迫傾向の強い人は、トイレットペーパーを“使うこと”ではなく、“買うこと”自体が目的になるといった、強迫的購買(買い物依存)に近い心理が働いているといえる。そうなると、いくらメディアで“冷静な行動を”と言われても、聞き入れる余裕や理性など働くわけがない。

「在庫は十分」と言われても…
次いで注目すべきは、「噂」が流布する背景だ。社会心理学では、古くから“内容が重要”で“証拠が曖昧”な噂ほど流布量が大きいことが認められている(Allport & Postman, 1947 南訳 1952)。

もちろん一番悪いのは“トイレットペーパーが品切れする”といったデマを流した人たちであるが、空っぽの陳列棚を映しながら“在庫は十分ある”といった相矛盾するようなメッセージを届け、消費者(特にテレビの影響を受けやすい高齢者)の不安をあおり、混乱させたメディアの責任も大きい。特にオイルショックを経験した世代の不安感は、ひと際強いことだろう。



また、メディアでは“商品自体は十分ある”と報じられても、消費者が実際に店頭を訪れると“完売している”といった状況、すなわち何を信じてよいか不確実な状況に置かれた時、人は他者の行動を「社会的証明」として参考にする。つまり、“みんな買っているから自分も買っておこう”といった同調行動が生じやすくなるのである。

“お一人様2パックまで”が拍車をかける
しかも、店頭で“お一人様2パックまで”といった貼り紙がなされていたりすると、「個数限定」に対する心理も同時に働く。そもそも期間限定や数量限定などの限定商品は魅力的に映るわけだが、その理由は少ないものほど高い価値が感じられる心理現象、すなわち「希少性の原理」に基づく。

現在のマスクに対する市場価値が良い例であろう。定価の何十倍もの高額マスクを、“貴重な商品だから高くても仕方がない”といって購入する人たちの心理は、まさに希少性の心理で説明できる(ようやく高額転売禁止の方針が固められたが)。

また、個数が制限されると、人はその制限に背き、自由を回復したいといった気持ち(心理的リアクタンス)が働く。その結果、益々その商品が魅力的に見え、「今買っておかないと、いつ手に入るかわからない」という焦りも手伝って、一人一人が個数制限いっぱいまで購入しようとする。

そうなると待ち受けているのが、「共有地の悲劇」だ。これは、誰もが利用できる共有資源を、個々人が自分の利益を最大化するために乱獲した結果、全体の資源を枯渇するという最悪の結末を招くことを示した経済学の法則を指す(Hardin,1968)。空っぽの陳列棚は、まさに悲劇となった共有地といえるであろう。

共有地の悲劇の次に待ち受けているのは、英国の哲学者トマス・ホッブズ(Hobbes, T)が唱えた“万人の万人に対する闘争”ともいうべき状況だ。今回のマスクやトイレットペーパーのように、誰かが買い占めたことで市場が荒らされた結果、商品が手に入らなかった人には当然不満が残る。

その不満の矛先が他の客に向けられた場合、消費者同士の争いとなる。実際、客同士がマスクを巡って殴り合う姿に驚いた人も少なくないだろう。一方、不満の矛先が店員に向けられた場合、それは苦情・クレーム*2、すなわちカスハラとなる。

問題視される“世直し型クレーマー”
不満が苦情の生起につながることは、これまでの苦情研究においても確認済みである(池内,2010)。少し話がそれるが、ここで一つ、近年問題視されているクレームの事例として「世直し型クレーマー」を紹介しよう。特に高齢者に多く、持論や武勇伝を延々と語るので「筋論クレーマー」と呼ばれることもある。

「私は某企業で営業部長をやっていたが、この店の品揃えは悪すぎる」などの言い分が典型例だ。この場合の不満の根底には、社会とのつながりが薄れていくことからの孤独感や寂しさ、人から認められたいといった承認欲求などの心理が考えられる。ちなみにこの手のタイプに遭遇したら、まずは相手の言い分に共感し、貴重なご意見を頂いたことに感謝を示すことが重要だ。

“ストレス発散型クレーマー”の横行
では、今回のコロナショックによるクレームの根底には、どのような心理が潜んでいるのだろうか。様々な見方があるといえるが、本稿では次の3つの感情を挙げておく。まずは、先の見通しが立たないことに対する“閉塞感”。そして、突然穏やかな日常生活が奪われたという“喪失感”。さらに、必要なモノが手に入らないことによる“焦燥感”。

こうした負の感情が“不満”の土台を築き、目的の商品が買えなかったことで“怒り”となって顕在化し、そのやり場のない怒りを目の前の店員にぶつけて発散している客が多いと思われる。いわば、「ストレス発散型クレーマー」とでもいえるであろう。

そもそも日本には「顧客第一主義」の理念が浸透しているため、店員の立場は客よりかなり低い。よって、たとえカスハラまがいな要求をされても、店員は消費者を「お客様」として扱い、自分の責任でなくても、欠品状況に対して謝罪することが常となる。

そうした低姿勢により、一層権利意識を高めた客たちは、さらに“こっちは客だ”、“在庫を出せ”、“使えん奴だ”、“上司を出せ”と店員を激しく責め立てる。負のスパイラルだ。怒りを抑えるには強いエネルギーが必要になるのだが、大きなストレスのある状況下では感情のコントロールが難しい。カスハラは、行き過ぎた顧客第一主義がもたらした弊害の一つともいえよう。

従業員、企業は、カスハラにどう向き合うべきか
では、こうしたカスハラ対策としては、どのような手立てが考えられるのだろうか。
まず、従業員は、いくら謝罪しても無い袖は振れないのだから、“無理なものは無理”と毅然とした態度を貫き、相手に諦めさせるのが得策だ。その際、「お気持ちはわかりますが、ご理解頂けませんでしょうか」といった共感的理解の一言を忘れてはいけない。

しかし、あまりに悪質な場合は、上司に引き継ぐか、個人ではなく組織で対応するのが賢明であろう。カスハラも度が過ぎれば刑事罰に抵触することもあるので(威力業務妨害、脅迫罪、強要罪など)、法的解決を視野に入れるのも一方法である。

また、店や企業などには、従業員が安心して働けるような職場環境の構築が求められる。具体的には、従業員保護の観点から、クレーム時の対応マニュアルや組織体制を準備しておくことなどが挙げられる。

もちろん悪質クレームを減らすためには、消費者側の意識改革も不可欠だ。消費者に求めるべき事項としては、特権意識を捨てること、他者視点を取得し苦情を受ける側の気持ちも考えること、さらには従業員の仕事の範囲や限界を理解することなどが挙げられる。特に買い占め騒動のような非常事態においては、情報の正否を見極める情報リテラシーを身につけ、モラルを基に、より一層「賢い消費者」としての振る舞いが求められるといえる。

今こそ政府の力量が試される
最後に政府に求められる対策だが、まずは悪質クレームの判断基準を明確にすることが挙げられる。その上で、禁止・罰則規定を含めた国内法の整備がカギになるといえる。現状、“対策をとるのが望ましい”といった指針は打ち出されているが、それでは強制力に欠けると言わざるを得ない。

同様のことが、今回のコロナショックの買い占め対策にもいえる。パニック時の消費者に“要請”(お願い)や“指針”(こうすべき)を出すといった対策では、もはや限界があるだろう。一部の識者も述べているように、極論かもしれないが、マスクなどの貴重品は、必要性の高い人に確実にいきわたるよう配給制にすることも視野に入れてもよいかもしれない。

買い占めもカスハラも、消費者が自らの利益を優先しようとする限り、永遠に収まらない課題といえる。自由と統制の狭間で、今こそ、政府の力量と国民のモラルが問われているといえるだろう。

【注】
*1 アメリカの社会学者アーリー・ホックシールド(Hochschild, 1983 石川・室伏訳 2000)は、身体や知識だけでなく、適切な感情管理をも職務の一部とせざるを得ない種類の労働を、肉体労働や頭脳労働と並ぶ第三の労働形態として「感情労働」と呼んだ。具体的な職種としては、介護・福祉・医療関係者や教師、フライト・アテンダント、流通業や飲食店の従業員など、対人サービス職全般が含まれる。こうした感情労働は、感情を疲弊することにより、疲労感や抑うつ感といったストレス反応をもたらす危険性があることが指摘されている。

*2 苦情とクレームは、厳密にいうとその意は若干異なる。一般的には、クレームは「不満に基づく何らかの要求行為」、苦情は「単なる不満の表明」として定義されている。しかし、日常的に両者は混同して用いられることが多いことから、本稿でも特に区別せずに使用することとする。

【引用文献】
●Allport., G. W. & Postman, L. (1947). The Psychology of Rumor,Henry Holt.(南博訳 1952デマの心理学,岩波書店)
●Hardin, G.R. (1968). The tragedy of the commons. Science, 162, 1243-1248.
●Hochschild, A. R. (1983). The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling, the University of California Press.(石川准・室伏亜希訳 2000 管理される心:感情が商品になるとき,世界思想社)
●池内裕美 (2010). 苦情行動の心理的メカニズム,社会心理学研究,25,188-198.
●池内裕美 (2014). 人はなぜモノを溜め込むのか:ホーディング傾向尺度の作成とアニミズムとの関連性の検討 社会心理学研究,30,86-98.
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